AIに全部やらせたのに、暇になりませんでした

9月2日は、丸一日、AIが出してきたものに良いか悪いかを言うだけで終わりました。
制作から配信までは、決まった時刻に自動で走るようにしてあります。文章を書かせているのはClaude、出てきたものを僕が直感で判断して、その判断をChatGPTの推論モデルに渡し、指示のほうを調整させる。人間がいるのは真ん中だけです。
作業は確かに消えました。時間のほうは空いていません。
調整して回るなら、それは自動化ではない
放っておくと、出力はだんだん悪いほうへ進みます。一手ずれると、そのままずれ続ける。決まった時刻に自動で走らせているぶん、なおさらです。
なので随時直すことになります。ただ、調整して回るぐらいなら、それはもう自動化とは言えないよなと思いました。管理していることになるので。
書いた時点では、ほとんど愚痴でした。
3日前に「仕事は増えない」と書いていました
8月30日に、エージェントの構成を変えています。
それまでは並列でエージェントを増やしていて、増えるほど指示と管理の数も増えていました。そこで自分の分身にあたるエージェントを一体だけ立てて、他のエージェントはそいつに管理させる形にしました。僕は分身にだけ指示する。何億体でも管理できるかもしれない、と書いています。
同じ記録の中で、この方法ならスケールしても自分の仕事は増えない、とも書きました。
その3日後、僕の一日はチューニングで埋まっていました。
量については外していないと思います。仕事は増えていません。外したのは中身のほうで、指示の数は分身に渡せたのに、評価だけは渡せていませんでした。
渡せなかったのは、評価する側が人間だからでした
理由は自分で書いていて、評価しているのが人間だからです。
良いか悪いかを決めるのは読む人なので、僕が消費者になりきって判断するしかない。能力の問題ではなくて、立ち位置の問題でした。
仮に評価までAIに渡すと、AIは学習した平均のあたりへ落ち着きます。8月21日に、特化させたエージェントは軽作業までなら強いけれど、そこから圧倒的な結果は出てこない、と書きました。同じことが評価でも起きます。中くらいの結果でいいなら渡せるし、そうでないなら渡せない。
2月には、自動化を重視した設計はコンテンツの中身が薄くなる、と書いていました。半年前の僕はそれを設計の話として書いていて、今は自分の一日として体験しています。
この状態には、もう職名が付いていました
ここは少し驚いた部分です。
ハーバード・ビジネス・レビューが2月12日に、エージェントマネージャーという役割の記事を出しています。AIエージェントが実験から実行の段階へ移ると、それを取りまとめる新しい種類のリーダーが要る、という内容で、Salesforceなどの例が挙がっています。プロダクトマネージャーがソフトウェアの時代に現れたのと同じように、という説明が付いていました。
自動化のつもりが管理職だった、と僕が思っていた状態には、半年前から名前があったことになります。
数字のほうも出ています。ガートナーが9月1日に公開した調査では、AIを複数部門へ展開できている、あるいはAIファーストに切り替えられている組織は22%でした(2026年1〜4月、前年度の年商5,000万ドル以上の1,303社が対象)。同社は2025年6月に、エージェントAIのプロジェクトの40%超がコスト超過や価値の不明確さを理由に2027年末までに中止される、とも予測しています。
多くの組織はまだ本番に届いていません。届いた先に何が残るかは、あまり書かれていない。僕がいるのはたぶんその「届いた先」のほうです。ただ、個人の1事例なので、企業の調査と並べて優劣を言うつもりはありません。
自分がどちらにいるかは、直しているものを見れば分かります
分けるとしたら、僕は「何を直しているか」で見ています。
出てきた文章そのものを毎回書き直しているなら、まだ自動化ではありません。作業の場所が自分の手からAIの出力欄へ移っただけで、量は変わっていない。
出てきたものを見て、指示や設計のほうを直しているなら、そちらは管理です。効いていれば直す回数は減っていくはずで、減っていなければ効いていない。
僕は今、後者にいます。回数が減っているかというと、まだはっきりとは減っていません。少し時間が空いて見直すと、また「ずれてないか」となる。今いちばん難しいのはそこです。
次に見るところ
チューニングをやりすぎると、その媒体でしか効かない調整になります。X向けに詰めたものが、ショート動画でも効くのか。そこまで戻さないと、直した回数がそのまま積み上がるだけになります。
なので次は、直した内容が別の媒体でも効いたかどうかを記録してみます。効いていなければ、僕がやっているのは管理ですらなく、ただの手直しです。
AIに任せたのに暇にならない、と思っている人がいたら、それが失敗とは限らないと思います。ただ、暇になると思って始めたのなら、そこは僕も同じで、まだ暇にはなっていません。