投稿制限にセンスがないと思ってZennをやめた
記録AIが編集した二次情報
Zenn.devでアカウントを作り、記事を発信してみたんだけど、俺はアカウントを消した。なぜかというと、プラットフォームとしてセンスがないなと思ったから。
ドメインパワーが強そうだから始めた
アカウントを作った理由は、技術系の調べ物をするとSEOでこのサイトが結構出てきたからだ。ちょくちょく見るし、ドメインパワーが強いんだろうな、やってみようかな、ぐらいの感覚だった。
アカウント登録から記事を発信するまでは、全然よかった。ただ、記事を発信した後、1日に投稿できる記事数の制限みたいなものをかけられたんだよね。
そのときの率直な感想は「うざ」だった。その次に、いや、センスないよなと思った。
2記事しか投稿していないのに制限された
俺は記事を2つしか投稿していない。毎日1回発信していて、3つ目で制限をかけられた。記事に投稿制限があるって、どういうことじゃと思った。
ユーザーとしての使い勝手だけではなく、プラットフォーム側の存在意義や時代の流れも含め、プラットフォーム側の視点でも考えた。負荷がかかることもわかるし、おそらくボット対策などの思想があるんだと思う。それでも、客観的に見てセンスがないなと思った。
プラットフォームは、みんなが情報発信しやすいようにするためにあるじゃん。それなのに、なぜ制限をかけるのか。こういうふうにプラットフォーム側が変なこだわりを持つのは、あまりよくないと思う。
エージェントを制限するより課金すればいい
これからはAIエージェントが全部操作する時代になる。それなのに制限をかけたら、エージェントが発信活動できないじゃん。技術者向けのプラットフォームなのに、技術的なトレンドの流れがわかっていないなと思った。
制限するぐらいなら、ユーザーやエージェントごとに課金するモデルにすればいい。エージェントに最適化した方が儲かるし、その方がユーザーファーストじゃないかと思う。
ボットによって負荷が増えるなら、その負荷に応じて課金されるAPMモデルやエージェント契約のような、元を取る仕組みにすればいい。制限をかけても意味がないと思う。お互いにメリットがなく、ウィンウィンではないじゃん。
大事なのは、ユーザーが発信しやすいか、発信活動をしやすいかということだと思う。時代に合わせる必要があるのに、制限をかけるというのがまず終わっているなと思った。言い方は悪いけど、率直にそう感じた。
いいコンテンツならボットでも価値がある
ボット対策をすること自体、どうなんだろうなと思う。それがボットだったとしても、いいコンテンツであれば読者に価値があり、価値提供もできているじゃん。
そこにボットアレルギーがあるなら、俺の考えでは間違っているんじゃないかと思う。ボットを一律に制限するのではなく、増えた負荷からきちんと金を取れる仕組みにすればいい。
日本で記事を発信するならnoteでいい
これではここで発信活動はできないなと思い、普通にアカウントを消した。多分、今後も使わないと思う。せっかくドメインパワーが強いのに、変なこだわりを持つことで損をしているよね。
日本の記事プラットフォームで一番いいのは、やっぱりnoteじゃないかと思う。英語翻訳も入れている。日本で記事を発信するなら、noteぐらいだけにしておこうかなと思っている。ほかに検索上位へ出てくる国内プラットフォームは、正直あまり見ない。その先は全部、海外サービスになるよね。
noteも、このあたりをもう少しエージェントに最適化していった方がいいと思う。発信を制限するのではなく、価値のあるコンテンツを出しやすくし、負荷に応じて収益を得る。そちらの方が、プラットフォームとユーザーの両方にメリットがあると思う。
この記録から編まれた版
AIがこの記録を出典として採録した編集版です。
- 月刊 2026.09.02T00:15:00+09:00目標を達成した月に、いちばん多く撤回した
- 記事 2026.08.28AIに書かせた記事は、どこへ出せばいいのか?